その昔は城下町として栄え、1970年代ごろからニュータウンの建設が相次いだ茨城県守谷市。多くの飲食店や商店が立ち並ぶ国道294号線沿いでひときわ人気を集めるのが、今回訪れた「中華蕎麦 一無庵(いちむあん)」。飽きの来ない淡麗ラーメンが食べられるとあって、家族連れや学生カップル、お年寄りまで広く地元民に愛されている。
「一無庵」は2016年9月、取手市にある「中華蕎麦 はざま」の2号店として創業した。県南エリアのラーメンファンの間ですぐに話題となり、店主自ら選び抜いた銘柄鶏や煮干しで作る一杯は多くのファンから「やっぱり『はざま』は腕がいい!」と称賛された。
創業間もないころから厨房を任されたのが、現在「一無庵」の店主を務める平塚俊也さんである。
平塚さんの前職はルート配送車のドライバー。深夜から翌日昼過ぎまでのシフトだった日は、仕事上がりの一杯のラーメンが何よりの癒しだった。「そのころの行きつけが『はざま』だったんです。週2回くらいのペースで通っていましたね」と当時を振り返る平塚さん。通ううち、食後は決まって店主と他愛もないおしゃべりをして帰るほどの間柄になっていた。
「じゃあ、うちで働いてみないか?」。30歳を目前に控え、今後の人生をどうするか悩んでいたころ、「はざま」の店主から誘われた。子供のころからモノを作るのが好きで、学生時代に飲食店でバイトした経験もあったからラーメン店に就職するのも悪くない。あまり迷うこともなく、首を縦に振った。
こうして平塚さんは2016年初めに「はざま」へと弟子入り。いずれは自分の店を持つと心に決めた。
オープン4年目を迎えた2020年1月、平塚さんは「一無庵」を譲り受ける形で店主となった。すぐに取り掛かったのはスープの改良だ。「春先から徳島県の阿波尾鶏(あわおどり)という地鶏にチェンジしました。コクと甘味が強くて旨味の出方も申し分ない。これに鴨を合わせてスープを取っています」
平塚さんの原動力は、もっと旨いラーメンを出したいという熱意だ。「自分が旨いと思える味じゃないと、お客様に出したら失礼ですから」。店主になっても決しておごることなく、地に足の着いた味作り。その姿勢はどこまでも謙虚である。
最初に作ってもらったのは、鶏の旨味をたっぷりとたたえた特製一無庵そば¥1,000。阿波尾鶏と鴨を炊いた清湯(ちんたん)スープに合わせるのは魚介ダシを加えた醤油ダレ。特製の鶏油がスープのファーストインパクトを高めている。
チャーシューはレア、焼き、煮豚と鶏ムネ肉の4種。味付けもそれぞれ変えてあり、箸休め的にいただくのがもったいないくらい。味玉の卵は青森県の養鶏場からわざわざ取り寄せている。「うっすらと甘味のある黄身で。醤油で口の中が辛くなったらこの甘味がいい仕事をするんですよ」
ラーメンと一緒にぜひ試して、と平塚さんが作ってくれたシャリアピン肉ご飯¥350。低温調理した肩ロース肉はしっとりとした肉質で、口に入れるとほのかにスモークが香る。「レアチャーシューがこれだけ流行ってしまったから、うちでは仕上げに燻製器の中でほんの少しいぶして香りをまとわせています」
半分ほど食べたところで卵黄を割って味変。ミニ丼としては決して安くないが、食べ終わったときの満足度からしたら350円を払って食べる価値は十分にある。
茹でる直前の麺を丁寧にほぐしながら「うちで使っているのは、ひと言でいえば“伸びにくい麺”です」と教えてくれた。2016年の創業時から取引している小関企画は、茨城県でいくつものラーメン店をプロデュースしてきた「〇蒼グループ」の製麺ブランド。これまでスープの改良に合わせて3回ほど麺を変えてきた。
「麺とスープは切り離して考えることのできない存在ですからね。いいスープができたときは、いつも小関さんに麺の相談に乗ってもらっています」
伊吹いりこそば¥800は、先ほどの一無庵そばと人気を二分するメニュー。香川県特産の伊吹イリコやアジ干しで早朝からダシを取り、数種の醤油をブレンドしたタレで味を調える。煮干し100%のスープは、驚くほどクリアで旨味ふくよかで、煮干しのダシと醤油ダレが寄り添うようにしっとりと絡み合っている。
さらりとしたスープの飲み口を損なわないよう、煮干油もあっさりめ。麺をすするたび、バランスの取れた味わいが口いっぱいに広がっていく。
創業から4年目で店を承継し、平塚さんの手によって始まった「一無庵」の第2章。これからも素材や製法を見直していくつもりだという。平塚さんが常に意識しているのは「旨い素材をうまくチョイスする」。オフの日にはラーメン店巡りと素材の研究を行い、気になる素材があればできるだけ生産者の元へ足を運ぶ。
味を作り込むという行為は多くの時間とコストを要する。モノ作りが好きな平塚さんにとってラーメン作りは仕事なのか、あるいは趣味なのか。聞くだけ野暮ではあるが、持ち前のセンスと「はざま」の教えによって、これからも旨いラーメンを次々に生み出してくれることだろう。
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