飛ぶ鳥を落とす勢いの若き天才は「ラーメン好き」ではなかった!? 無知を逆手に築き上げた唯一無二のラーメンブランド キング製麺(東京・王子)(後編)

2020年10月21日 12時00分更新

 私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏愛に溢れた「物語」を紹介します。

 先週に続き、2週に渡って私が「物語」を紡ぐのは、2016年にミシュランのビブグルマンを獲得した「らぁめん小池」を筆頭に、現在都内に3店舗のラーメン店を手掛ける若き天才・水原裕満さんの最新店「キング製麺」。「ラーメン好きではなかった」と言う水原さんが、一体どのようにして、今や都内を代表する名店に成長した3店舗を作り上げたのか? 後編の開幕です!

店主の水原裕満さん

(※前回までのあらすじ)
 飲食業に興味を持ちつつも、なかなかやりたいことが見つからずに、職を転々としていた水原さんは、「鳥貴族」に入ったことをきっかけに真剣に飲食と向き合うようになりました。そして「鳥貴族」を、当時の彼女と一緒に円満退社して、ラーメン店を開くことを決意。つけ麺ブームにあやかって、豚骨魚介つけめんで勝負しました。当初はなかなかお客さんが入らなかったものの、味を改良して人気店に。ところが今度は、忙しくなるも人を雇えるほど売り上げもなく、肉体的にも精神的にも削られている日々に……。しかたなく水原さんは、奥さんの反対を押し切って、調理の工程において、つけ麺よりも効率よく接客に時間を費やせるラーメンへの業態変更を決意しました──。

 2014年9月。「つけめん小池」は「らぁめん小池」へと生まれ変わりました。

らぁめん小池 外観

 ラーメンに変更するに際して、水原さんが目を付けたのが「煮干し」でした。この頃、ラーメン界では「煮干しブーム」が巻き起こっており、淡麗から濃厚まで様々な煮干しラーメンを提供するお店が増え、1食材である煮干しが1ジャンルへとなりつつありました。水原さんはいくつもの煮干しで話題になっているお店を食べ歩いて、「こんな美味しいラーメンがあるんだ」と衝撃を受け、「自分も煮干しラーメンを作ってみたい」と考えるようになりました。

 ただ、「流行っている味をそのまま模倣するだけでは、人気店のただの劣化版にしかならず、遅かれ早かれ飽きられてしまう」と考えた水原さんは、どうやって自分のラーメンに落とし込むか試行錯誤しました。

 当時流行っていたモノの多くは、煮干しの風味を強烈に立てることに特化しており、苦みやエグみも含めて、煮干しの旨味を丸ごと楽しむ、といった傾向がありました。ただ、これはどちらかというと、ラーメンを食べ慣れたフリーク向けに作られているきらいが強いモノでした。もちろん、このスタイルの煮干しラーメンは抜群に美味しく、水原さん自身も大好きだったのですが、「そもそも地元の常連やフラッと入ってくる初めてのお客さん向けにやっていた『小池』に、このラーメンが向いているのか?」と悩みました。

 そして、「ここまで煮干しを強くしてしまうと、うちがターゲットとしているお客さんは食べられない」。そう判断した水原さんは、もっと間口の広い煮干しラーメンにすることに。「煮干しの旨味はちゃんと残しつつ、苦味やエグ味を感じさせないように」と、「煮干しラーメン」と「濃厚ラーメン」の2種類の味を作り上げました。あっさり仕様の「煮干しラーメン」はもちろんのこと、こってり仕様の「濃厚ラーメン」も万人受けすることを強く意識しました。

煮干しラーメン

濃厚ラーメン

 こうして、煮干しラーメンで新たな門出を迎えた「らぁめん小池」は、「小池の煮干しなら食べられる」と、地元の常連さんなどを中心としたライトユーザーが殺到することに。そして、その噂を聞きつけたコアなラーメンフリークも訪れるお店となったのです。その結果、つけめんの時よりもお客さんが増えてしまい、これまで以上に忙しくなってしまいました。

 ただ、売り上げは1.5倍にも増え、それなりに利益も上げられるようになったので、水原君は「そろそろ人を雇おう」と奥さんに働きかけました。ところが……。

 奥さんがこれに大反対したのです。

 つけめんをやめると決断した時も、奥さんは反対していました。その時の亀裂が埋まりきっていませんでした。あの時も奥さんは変革を嫌い、今回も変革を拒絶しました。奥さんはずっと、「せっかく夫婦でコツコツ築き上げたものが、一気に壊れてしまう」と、ただただ不安に思っていたのです。

 元々二人は、多店舗展開を目標にお店をオープンしました。しかし、お客さんと直接向き合ううちに、いつしか奥さんは、「小さいながらも常連さんに愛されるこの1店舗を夫婦で守っていきたい」と考えるようになっていました。

 一方、水原さんはあくまでも初志貫徹。せっかくお店が軌道に乗ってきて、念願の多店舗展開の可能性が見えてきたところで立ち止まるという選択肢は、到底受け入れられませんでした。

 二人は何度も話し合いを重ね、「このまま店をやめようか」という話にまで発展するほどに。しかし、それでも二人の溝は埋まりませんでした。

 結局、二人は別々の道を歩むことを決意しました──。

 「彼女の方がよっぽど職人だったのだと思います。どこまでも職人になれない自分には、羨ましいと思う反面、やはりどうしてもその気持ちを理解することができませんでした……」

 2015年、話し合いの末、水原さんがお店に残り、「らぁめん小池」を続けることになりました。生きていくためにはお店を開けないといけないので、感傷に浸っているヒマはありません。従業員を雇い、必死にお店を回すことを考えました。

 最初はバイトも雇っていましたが、水原さんはすぐに社員を雇うことを考え実践しました。人件費を考えると、バイトの方が抑えられますが、それ以上にお店が安定して営業できることを優先する、というのが水原さんの方針でした。ちなみに、3店舗になった今でも「全員社員」という方針は変わらず、現在水原さんのもとでは12名の社員が働いています。前編にも記した通り、水原さん自身が昔よく飛んでいただけに、飛ぶ人の気持ちが分かるので(笑)、社員の待遇には常に気を配っているそうです。

 バイトを雇わず全員社員で固めて、それを定着させるというのはなかなか簡単ではありませんでした。しかし、2016年にビブグルマンを獲得するなど、お店の評価が上がっていくのと比例するように社員希望者も増え、水原さんはようやく地盤を固めることができました。

 こうして2018年、2店舗目となる「中華蕎麦 にし乃」を本郷三丁目にオープンさせました。念願の店舗展開への第一歩を踏み出したのです。都内各地の物件を見ていく中で、場所と家賃を総合的に考えて、現在の物件を選びました。元はうなぎ屋さんの居抜きで、内装が凄くキレイに作られていたことに、水原さんが一目惚れしたと言います。

 東京・本郷三丁目のセカンドブランド「中華そば にし乃」

 ただこの物件には、ラーメン店をやることを考えると、致命的なことが1つありました。ガスの口が2つしかなかったのです。普通にラーメンを作ることを考えたら、到底ありえない設備です。しかし、いい意味でラーメンにこだわりのない水原さんは、「この設備で表現できるラーメンを考えよう」と発想を切り替えました。

 元々ラーメン経験の乏しい水原さんにとって、唯一の武器と言えるものが「煮干し」でした。ただ、「都心で同じラーメンを出してしまうと、お客さんがわざわざ上北沢まで行く必要がなくなって、『小池』の価値が下がってしまう」と考えた水原さんは、「小池」の2号店にするつもりは全くありませんでした。

 結果、煮干しをベースに試作を重ねて、白醤油をメインとしたタレに、いくつかの魚介と動物の出汁を合わせた、透明感溢れる一杯を完成させました。決して奇をてらうことのない、どこか懐かしさすら覚えるスープ。でも、何かのラーメンに似ているかと言ったら、どこにも似たモノがない。まさに「ありそうでなかった」ラーメンを実現させたのです。

中華そば

 この「中華そば」に加えて、「にし乃」にはもう一つの看板メニュー「山椒そば」があります。こちらは「中華そば」をベースに、山椒を効かせているのですが、いわゆる痺れ系の山椒ではなく、清涼感溢れる山椒の香りを楽しむ構成になっています。これもまた、「ありそうでなかった」絶妙なところを突いてきたのです。

山椒そば

 この味がたちまち話題となり、そして立地の良さも手伝って多くのお客さんが訪れて、瞬く間に人気行列店となりました。2018年2月にオープンして、その年の11月にビブグルマンに選出されたという点からも、「にし乃」のラーメンの評価の高さがうかがい知れます。

 水原さんは、ラーメンへの過剰なこだわりがないからこそ、感情や想いに左右されず、客観的な分析と徹底した研究を行うことができました。その結果、誰も作ったことのない「ありそうでなかった」ラーメンを作り上げることができたのです。まさに「ラーメン好きではなかった」ということが、水原さんのセンスを磨き上げたと言ってもいいでしょう。

 「にし乃」も一時期、スタッフ不足に悩まされましたが、それも半年ほどで安定しました。そして、それ以降は有望な社員希望者がどんどん集まってきてくれました。

 「この人たちと一緒に働きたい。そのためには新しいお店を作らないと」。そう思った水原さんは、「にし乃」オープンからわずか1年で、新たなお店を開くこととなりました。それが「キング製麺」です。

 東京・王子のサードブランド「キング製麺」

 「キング製麺」のコンセプトは、その名の通り「自家製麺」。元々水原さんは「自分なんかが製麺に手を出してはいけない」とずっと思っていました。しかし、ラーメンのことをどんどん知る度に製麺への想いが募ってきて、優秀なスタッフも揃ってきた今なら、何とかやれるのではないかと、思い切って自家製麺に舵を切ったのです。

 製麺の技術的なことに関しては、自家製麺をやっている店主さんから色々と教えてもらえることができたので、心配ありませんでした。むしろ問題は、「どんな麺を打つのか?」でした。水原さんは悩んだ末に、自分が大好きな、白河ラーメンや佐野ラーメンのような麺を目指すことに。ただ、さすがに手打ちはできないので、「手打ちのような麺を製麺機で作る」という目標を掲げ、麺を打つことにしました。

念願の製麺機を導入

 それに合わせて、スープも白河ラーメンのような醤油の立った動物系の清湯にしようと研究を重ねました。そして実際、2019年3月に「キング製麺」がオープンした際には、「醤油ラーメン」というメニューで提供されました。しかし、水原さんはその出来に納得できず、すぐにメニューから消えてしまったのです。私もオープン当初に食べて、非常に美味しいと思っていたのですが、水原さんいわく「白河の名店と比べると、何が違うのかも分からないくらい完敗でした」ということで、残念ながら……。いつしかまた復活してくれることを心の中で期待しています!

幻の醤油ラーメン(現在は提供なし)

 「醤油ラーメン」に失敗してしまったことで、「キング製麺」の味は、細かい部分は違うとは言え、概ね「にし乃」と同系統の「白だしラーメン」と「山椒ラーメン」をメインに据えることになりました。

白だしラーメン

山椒ラーメン

 敗北感を覚えた水原さんでしたが、「あくまでも売りは、自家製麺」と気持ちを切り替えて、さらなる売りとして、「ワンタン」を前面に打ち出すことにしました。ワンタン自体は「にし乃」でも提供されていますが、「キング製麺」ではより明確に、「ワンタン麺」という形でメニュー化して差別化を図ったのです。

 ワンタンというと、ツルツルとした皮の食感を楽しむものが多い中、水原さんは「具をたくさん食べたい」という考えで、具をパンパンに詰め込んでいます。「キング製麺」には「肉ワンタン」と「海老ワンタン」の2種類がありますが、どちらも肉と海老の美味しさと食感を存分に堪能できるような仕上がりになっていますので、是非とも「ワンタン麺」を注文していただきたいです!

海老ワンタン

 また、先々月くらいから「キング製麺」では、新たなメニューが加わりました。「豚骨魚介つけめん」です。そう、水原さんの原点とも言える「つけめん小池」で提供していたモノを、復活させたのです。復活と言っても、当時の面影はほぼ皆無と言うべき、今の水原さんの技術で作り上げた新たなる味です。

「せっかく自家製麺も始めましたし、白だしとは全く違うメニューも楽しんでもらえればと思って作りました。もし当時の『つけめん小池』の味を知っている人が食べてくれれば、格段に進歩した一杯にビックリされると思います(笑)」

 つけ汁は濃厚すぎず、魚介が主張しすぎないバランス型で、個人的にもど真ん中ストライクな味です。麺も自家製麺ならではのフレッシュさと小麦の香りを感じるモノで、太さも程よく啜り心地満点。まだ提供し始めて2ヶ月にもかかわらず、早くもリピーター続出で、つけ麺を求めて男性のお客さんが増えたそうです。

豚骨魚介つけめん

もう一つのつけ麺メニュー「つけ台湾」も人気

 水原さんは、地元のお客さんや、自分のラーメンを好きで通ってくれる常連さんを、何より第一に考えて、お店の営業をしています。例えば、際立った限定メニューなどをやれば、SNSでの発信力のあるラーメンフリークの人たちが食べに来て、情報を拡散してくれるかもしれません。しかし、それは一過性のものに過ぎません。実際「キング製麺」には、1日に200人ものお客さんが訪れているのに、1件もツイートが上がらないことがよくあるそうです。SNSで話題にならなくても、届く人にはちゃんと届いている。水原さんは、それがお店にとって理想だと考えているのです。

 ここまで一貫して、水原さんの「自分はラーメン職人ではない」というスタンスを紡いできました。だからと言って、決して「ラーメン職人」を拒絶したり、否定しているワケではありません。むしろ水原さんはずっと、憧れの気持ちを抱きつづけていたのです。ラーメン店主になった以上、そこを目指そうと思ったこともありました。しかし、トップレベルの職人たちがやっていることを見て、「自分は絶対敵わない。そこまでの覚悟はない」と思い知らされ、「この領域には手を出してはいけない」と考えを改めました。

 「ラーメン職人たちへのリスペクトと、それに対する劣等感を常に感じていました」

 そう語る水原さん。「そんな猛者たちの中で、どうやって自分は生き残るか?」。職人たちにはできなくて、自分にはできることを考えながら、無我夢中でやってきた結果、ようやく最近、

「流行りやお客さんのニーズを参考にして、味やコンセプトを作る」
「奇をてらわずに、ありそうでない味のラーメンを提供する」
「従業員をたくさん抱えて、誰でもラーメンを作ることができる安定したお店を維持する」

 といった自分自身の魅力が見えてきたと言います。逆に職人になることにこだわり続けてしまっていたら、間違いなく今のような人気は獲得できなかったハズです。

「自分は職人になれない、という現実を受け入れるのはやはりキツかったですが、今はもうその迷いはありません」

 現在、数多のラーメン店がしのぎを削る中で、水原さんのお店は3店舗とも人気店として行列を作っています。その結果を出せるようになって、水原さんはようやく「ラーメン職人」の呪縛から解き放たれたのです。

 水原さんが懇意にしているラーメン店主の一人に、九段下の「八咫烏」の居山勢(いやまちから)さんがいます。こだわり抜いた限定ラーメンを次々に繰り出し、多くのラーメンフリークを熱狂させる、まさに水原さんが憧れる「ラーメン職人」を絵に描いたような存在です。水原さんは、「あの研ぎ澄まされた技術と、既存の型をブチ破るような発想力は到底真似できない」と、居山さんに対して強いリスペクトの念を持っています。

「八咫烏」店主の居山勢(いやまちから)さんと2S。テーマは「遅れてきた青春(笑)」

 一方、居山さんは、水原さんから店舗経営や会社の取り組みについての話を聞いた結果、「自分には到底真似できない」と店舗展開をあきらめたそうです。こうして、ないモノを持っている者同士、お互いをリスペクトして認め合う関係を築いているのです。

 実は、水原さんは今年の3月に、4店舗目となるお店を神田にオープンさせる予定でした。お店の屋号も「金龍」と決まっていて、メニューも、水原さんスタイルの魚介ベースの塩ラーメンと、盟友である居山さんの協力を得て、青椒肉絲(チンジャオロース)のまぜそばを提供すると決めていました。SNSでも告知されていたので、オープンを心待ちにしていた方もいると思います。ところが、店舗の工事トラブルとコロナによって、神田の店舗を開くことが難しくなってしまったのです。

 ただ、別店舗の目途がついたとのことなので、待望の水原さんの4店舗目は、場所を変えてまもなくオープンするものだと思われます。心待ちにしましょう!

 「ラーメン職人はあきらめた」と言う水原さん。確かに一般的な定義での「ラーメン職人」というものを考えると、水原さんは当てはまらないかもしれません。しかし、今やこれだけラーメンも多様化し、様々な形態のお店が乱立していることを考えると、「ラーメン職人」の定義も変わっていくべきではないでしょうか。

 水原さんは、いわゆる美談となりがちな「こだわり」は持ち合わせていませんが、常にお客さんと従業員のために何がベストかを考えて、それを実現させる形でラーメンを作っています。その誠実な姿こそまさに、新たなる「ラーメン職人」像なのではないかと、私は考えます。

 是非あなたにも「キング製麺」、そして「らぁめん小池」と「中華蕎麦 にし乃」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べていただきたいです。

赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)

2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。

百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/

本人Twitter @ekiaka

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