フィレンツェ料理店で提供される「土曜日限定」ラーメンの秘密 神田オステリア ZeCT byLm(東京・小川町)【ピラティスインストラクターの健康的ラーメンライフ♪】第15回
今回はラーメン専門店ではなく、イタリアのフィレンツェ料理を提供する店「神田オステリア ZeCT byLm」。オーナーシェフの藤枝勇氏は、23年の料理人人生の大半がラーメン屋という異色の経歴。その経験を生かしてか、2013年9月1日にオープンした頃から、本業のフィレンツェ料理の他に土曜日に特別営業と称してラーメンを提供してきた。
ラーメンの話の前に、アメリカでカウボーイをやっていたという藤枝さん。
「18歳で渡米してカウボーイをやりながら色々なところで働いて料理をしていて、そこで自分がちゃんと料理できないってことに気づいたんですよ。だから料理を学んで、アメリカに日本の餡子を持ち込んだらアメリカンドリームを叶えられるんじゃないかなと思って(笑)。22歳で帰国して製菓学校に通いながら、学費を稼ぐためにラーメン店とビストロとかアルバイトを4本掛け持ちしながら働いてました。色々あって、結局は最初のラーメン店、南流山の『13湯麺』に戻ったんです。系列の亀有『マルカ湯麺』、本八幡の『魂麺まつい』、六本木『BeeHive』と移り変わりながら、10年以上が僕のラーメン時代ですね」
――ここからイタリアンに路線変更ですね。
「ラーメン店での修業期間、どんどん新しいものを追いかけて、他で使っていない食材とか、やったことがない調理法とか、見た目も、提供方法も、どんどんクリエイトしていくことが求められ、そういう店が注目される。僕が辞めたのは10年前なんですが、メディアも、これまでは濃厚が流行りだったのが、これからは淡麗だって言い出したり。追いかけるのに疲れてた。
ちょうど仕事も辞めて独立しようと考えていた頃、2011年3月の東日本大震災があったんです。数ヶ月後、フィレンツェに自社を持つ知人が電話をくれて、いま日本はどうなるか分からないからフィレンツェにおいでよと。すぐにチケットをとって、2日後には飛行機で向かってました(笑)。本当は働くところを紹介してもらう予定がキャンセルになっちゃって、フィレンツェで食べ歩きを始めたんですね。今日はこの通りの端から全部行こうとか、目に付く店に飛び込んで、3ヶ月間ほど信じられないぐらい食べました。
そのフィレンツェで食べた料理が全部、700年以上前から調理法を変えてないって聞いて衝撃を受けて。すごくないですか? 牛肉は塩胡椒して炭火で焼いたら美味しいとか、豆は硬いから水でふやかして塩とオリーブオイルと胡椒と白ワインで煮るとシンプルで美味いだろうっていうのを700年以上変わらずにやってるんですよ。その話を聞かされた時、感動して震えましたね。いま食べてる豆はマキャベリやダンテ、チェーザレも、ボッティチェリも、みんな食べてきてんだって。700年以上前と同じ料理を、いま僕がここで食べるってロマンじゃないですか」
――ロマンを追い求めたかたちが、いまここZeCTにあると。
「その間に知人の紹介で、現地のセレブが開くホームパーティーで出張料理をしてたんですね。この出張料理が、いまのZeCTのスタイルの原型なんです。材料は自分で買って行くけど、その家に行くまで厨房はどうなってるか、調理器具は何があるか分からない。例えば、日本人だから寿司を作ってくれって言われたけど、皆さん寿司を作るのに何を使うか分からないから、自分でお米は買って行っても、他の必要なものが何もない。料理人なんだからできるだろうというわけです。そこで鍛えられましたね。じゃあ、あるもので何とかしようと。お米だって炊飯器がなければ土鍋っぽいもので代用できるから、ル・クルーゼみたいな鍋でお米を炊いて。酢飯も日本の酢の代わりに、土着の味に合わせてバルサミコ酢を使おうとか、ネタもサーモンを合わせたり。その場でたどたどしい英語でお客さんと話し合って料理を決めて作ってました。
ZeCTでも一応メニューはありますが、お客さんと話しながらその人に合わせて作ってます。実はラーメン屋の頃、『13湯麺』でもお客さん一人一人に合わせて提供してたんですよ。男女でグラスも変えたし、丼も変えてました。女性は角ばったグラスだと口紅が残りやすいんです。だから女性には丸いグラスを、丼も口の広いものをお出しして食べやすくして。他にもチャーシューの厚みやネギの量を変えるとか、ラーメン屋でもできることはありましたが、変えられることが限られてましたね。
その後、帰国してマンダリン・オリエンタル東京や製麺所など掛け持ちで3つくらいアルバイトしてお金を貯めて、またイタリアに行って食べ歩きと出張料理を何度か繰り返して。それで、この場所にオープンしたんです」
――フィレンツェの出張料理とラーメン店での経験と、これまでのすべてが土台にあるんですね。
「日本の食材でフィレンツェにないものがあるじゃないですか。結果、同じ味になるようになるべく向こうで買えるものしか使わないという縛りを設けてやっています。それはオープンから変わらないですね。牛肉も豚肉も、鯛も鱸も、タコもイカも、牡蠣もあるけど、ウニは見かけないから使ったことがない。コンセプトは千代田区神田でフィレンツェの味を再現かな」
「特にチンギアーレ・ビアンコというお店、白い猪っていう意味で、これ白ワインを入れる陶器をお店からもらってきたんですよ。美味しかった店は通ってメニューを全部食べたくなる。そうしたらおかしな東洋人が昨日も一昨日も来てるって言われますよね(笑)。3、4日目にはお前ちょっと厨房に入れって言われて、それで仲良くなって。修業はしてないんですが、シェフに仕込みを見せてもらって料理を覚えたり、色々もらったり。入り口のドアに『ZEB GASTORONOMIA CINGHIALE BIANCO TIRABARALLA』と書いてあるように、ZeCTという店名の由来でもあって、うちのメニューはこの店の料理の再現が多いですね。パッパ・アル・ポモドーロ(トマト粥)もその一つです」
――念願のフィレンツェ料理店としてスタートしたのに、なぜラーメン営業も?
「ファンサービスです。イタリアンってたまに食べるものって感じだけど、ラーメンって週に1回以上とか頻繁に食べるものじゃないですか。そんなうちの店に足繁く通ってくれるお客さんのために、何か恩返ししたいなと。そこで、土曜日に特別営業を始めたんです。もともとラーメン営業って謳ってるわけじゃないから、ビーガンカレー&ココライスとかシンガポールチキンライス、開化楼低加水パスタフレスカとZeCTの多加水生パスタ食べ比べ、ハウスワイン試飲会なんかもやりました。その中で、これまでの経歴的にラーメンが多くなってます(笑)」
「最初に出したラーメンは、一番影響を受けた修業先『13湯麺』を再現したあっさり醤油。ラーメンだけで満足させるものじゃなくて、おつまみがあって最後の〆のラーメンというのが魅力で、そこに惹かれて働いていたから。ZeCTの夜営業でも〆のラーメンとして醤油か塩の2種類は用意してあることが多いですね」
――これまで色々なラーメンがありましたが、すべて採算度外視のクオリティで!
「儲けは平日に出ればいいと思っているんで、ラーメンは楽しんでやってます。特に高級食材を使ってすごい一杯ができたのは、燻製ラーメンですね。ラーメン評論家・山路力也さんのラーマガ企画(麺とスープだけで勝負する、究極の限定ラーメン企画『NAKED』)の第40回で作ったんですよ。黒毛和牛・渡り蟹・鯛・香味野菜の4種類に全部違うスモークをかけてスープにしたもので、700円! あれはもうネタですよ(笑)。40回目だから、出汁素材4つで4重奏にした燻製スープで『燻湯カルテット』って」
「今日の鯛×葱ラーメンの〆の大根めしも、せっかくだから大根のセレクトから始めて、大根を4日かけて炊くという訳の分からない仕込みをして(笑)。あと特別なことといったら、特定の誰かに作るつもりでやってますね。あの人ならこういうのが好きかなとか、こんなの食べたいって言ってたなとか。今日は、大熊さんのために作ったラーメンです」
――そんな思いのこもった一杯とは……嬉しいです! 本当にラーメンにかける手間も時間も、情熱も尋常じゃないですよね。
「普通のラーメン屋さんには絶対できないことをやってるから。例えば、限定ラーメンを1日20食作るにしても、専門店は1週間、1ヶ月と続けなきゃいけないってなると、最初と最後で味がブレるんですよ。最初に食べた人が最後に食べて『だいぶ変わったね』って言われるのって商品力としてどうなのって思うんです。結局、お客さんに甘えてますよね。僕はお客さんに『これもいいよね』って言わせちゃうのは嫌だから、変わらないものをラーメンやる上でどう作ったらいいだろうと考えて作ってます。スープをずっと炊き続けると濃度が変わって当たり前じゃないですか。当日の作りでも味が変わるから、前日作りで一旦冷やして、それを再加熱して完成の味を目指してます。だから、ZeCTで作るラーメンは20食だけ。いつ食べても同じ味です」
――ラーメン屋さんの土台がきっちりありすぎて(笑)。
「情熱だけで作ってないからね。さっき言ったモチベーションのまんま。この先も変えるつもりないです。毎週違うものを作って、たまに気に入ったのをリバイバルでやったり。直前までやろうと思ってたものを、突然やめることもあるよ。アゴ出汁と鶏白湯のラーメンも、元はさらっとしたものを作るつもりが、最近寒いから少しとろみをつけようかなと。それで『麺屋武蔵 神山』でつけ麺を食べて、つけ汁の濃度を覚えて、その濃度で仕上げたんだよね。それも前日に追加したの。麺屋武蔵にはよく行くんだけど、すごく勉強になります。どの時間帯に行っても、まったく同じ味ってすごいなと。
他には『勝本』や秋葉原の二郎系『ラーメンイエロー』、長年通ってるのは上野の『珍々軒』とか。いま挙げた店は全部、基準点作り。色々なもの作りたいなっていうあやふやな気持ちを留めておく標識みたいな感じなんです」
――Z郎を作る前には二郎系のイエローとか?
「そう。正当派の中華そばを作るときは珍々軒とかね。まず、ブレてるものを止める。食べて自分をゼロに、リセットするんです。あとは材料の入れ替えだけ。珍々軒は鶏ガラだけど、丸鶏でやってみようとか。鶏肉ももっと粘度を出したいから、モミジを多めに入れてみようとか。豚肉は肩ロースを使って、もっと血生臭さをケンカさせてあげて、こってりしたものを作ろうとか。そのブレを食べに行くことによって止めるんです」
「ずっと昔からみんなの好きっていうのは、僕とは別なんだ。有名なご当地ラーメンで一番名の知れた行列店も美味しいけど、同じ条件で並ばずに入れる店のほうが美味しいと思うんだよね。美味しい美味しくないって人それぞれだから、人の美味しい美味しくないであまりブレないようにしようとは思ってます。
それはフィレンツェ料理も同じ。過去の料理を再現する中でブラッシュアップはありますよ、昔はオーブンなんかなかったし。それは時代に合わせたもので、根底に流れるものはブレさせないように作っています」
――ラーメンとフィレンツェ料理、根本は繋がってるんだ。
「そうね。実は、ZeCTの注文を受けてから麺を伸ばすパスタの元になったのが、小岩にある『中華そば福福』の餃子だったりします。福福の親父さんが女将さんと夫婦漫才を繰り広げながら、手はずっと動かして餃子の皮を粉から作るんです。その場で餡を包んで、気づいたらもう焼けてる、まさにライブ。あれを自分の店でも絶対取り入れようと思って、同じようにお客さんと話しながら、パスタの麺は粉から作ってます。粉もスペシャリストである浅草開化楼のアドバイスでマル秘のいい粉を使って卵と合わせて。僕が好きなフィレンツェの店と同じレシピです」
――いまは「元祖炙りチーズケーキ」が人気ですよね! テレビ番組でもよく紹介されて。
「そもそもはクレームブリュレとレアチーズケーキが同時に注文が入った時に、クレームブリュレと同じようにカソナード(ブラウンシュガー)をレアチーズケーキにかけて、ブリュレしたら美味しいかなって。それでできたZeCTのオリジナルデザート、だから元祖ってつけてます」
――甘いチーズケーキが苦手で食べず嫌いだったけど、もっと早く食べればよかった! この炙ったところのほろ苦さとか絶妙~。
「最低限の甘さのチーズケーキに多少の塩分を足して、ちょうどよくなるように作ってるんですよ。スイカに塩の理論です。甘くないものに塩っぱいものを足すと糖分って膨れ上がるじゃない。甘いのが苦手な方には、砂糖の代わりにチーズの追加もできます。ただ、もともとコースの〆に作っているデザートだから、単品ではお出ししてないんですね。昼はランチに、夜もコースなどに追加する形で提供してます」
「人気が出るのはいいことだけど、ただ流行にのった売れるものには興味がない。もちろん商売をやっている以上売れるものを作らなきゃいけない。それをどうやって作るのかって、学問の積み重ねじゃないですか。それをどこまで研ぎ澄ましていくかを、僕は考えながらやってます。
店の窓に書いてあるイタリア語は、直訳すると『フィレンツェの郷土料理を出す賑やかな店』。Buonoって単語は入ってない。美味しいなんて書くのはおこがましい、美味しいのは当たり前だと思ってるんで。これからも本業は過去を忠実に再現したフィレンツェ料理、特別営業ではラーメン以外にも挑戦したい料理を出していきます」
神田オステリア ZeCT byLm
東京都千代田区神田小川町1-7 神田小川町ハイツ1F
ランチ11:00~13:00(不定休)ディナー17:00~20:00 土曜特別営業12:00~14:30 日曜休
※新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策により、営業日・営業時間・営業形態などが変更になる場合があります。臨時休業など、詳しくはお店の公式ツイッター(https://twitter.com/ZeCTbyLm)をご確認ください。
大熊美智代 Michiyo Okuma
ラーメン大好きなフリーランス編集者・ライター。ピラティスやヨガのインストラクター、ヤムナ認定プラクティショナー、パーソナルトレーナーとして指導も行なっており、美容と健康を心がけながらラーメンを食べ歩く日々。ラーメンの他には、かき氷、太巻き祭りずし、猫が好き。
本人Twitter @kuma_48_kuma
Instagram @kuma_48anna
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