イチから味噌を手作りした唯一無二の味噌ラーメン 灼味噌らーめん 八堂八(東京・中目黒)(後編)
私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる読むだけで美味しい「物語」を紹介していきます。
先日放送しました「ラーメン大好き小泉さん 二代目!」はご覧頂けましたでしょうか?(もしご覧になられてない方は、(FOD(フジテレビオンデマンド))でも配信中ですので、是非頂けましたら幸甚です)。
前回、そんな「小泉さんにも登場した「灼味噌らーめん 八堂八」の波乱万丈な「物語」の前編を紡ぎましたが、今回はその後編です!
自家製味噌を巡る一大スペクタクル、「八堂八・味噌物語」後編の開演でございます――
(※前回までのあらすじ)
北海道増毛町出身の堂八(どうや)滋喜さんとトモミさん夫婦。2人は「食べたことのない味噌ラーメンを作りたい」という想いを胸に、幾度もの困難を乗り越えて、ついに自家製味噌を使ったラーメンを完成させました。こうして「灼味噌(やきみそ)らーめん 八堂八(やどや)」、いよいよ念願の開店! と思いきや、またもや2人に試練が訪れることに……。
開店直前の堂八夫婦を襲った試練。それはナント、お店の工事の遅れによるオープンの延期でした。工事は延びに延びて、まさかの4ヵ月も遅れてしまうことに……。滋喜さんはすでに以前の勤務先を辞めていて収入がない中、スタッフの給料は払わないといけません。想定外の出費で、これまで蓄えていた資金が奪われてしまいました。ただお金だけが出て行くのを目の当たりにして焦る2人。しかし、ただ待つ以外どうすることもできませんでした。
これがボディーブローのように効いてきて、後に最悪の結果を招くこととなるのです。
2019年2月10日。念願の、念願のオープン。オープン当初は、堂八夫婦もスタッフもフル稼働で、11時30分の開店から23時の閉店まで通し営業。しかも無休。まさに遅れを取り戻す勢いで必死に働きました。
初めのうちはやはり、中目黒駅から徒歩10分の、路地裏の住宅地という目立たない立地に苦戦しましたが、自家製味噌という目新しさと、その話題性だけに終わらない確かな美味しさのおかげで、口コミで少しずつ広がっていきました。また、毎日のように来てくれる常連さんもできたことが大きかったと言います。
しかし、オープンから3ヵ月となる、2019年5月。堂八夫婦に最大のピンチが訪れます。半地下の味噌部屋が浸水してしまい、10ヵ月分の味噌のストックが全てダメになってしまったのです。原因は、手抜き工事でした。
言わずもがなですが、手作りの味噌の製造は手間がかかります。これまでオープン前から溜めてあったストックがあったからこそ、それを使いながら同時に製造することで、無休での通し営業が可能でした。それが失われてしまえば、当然ながらこれまでのような営業は不可能になります。圧倒的な味噌不足によって営業時間の短縮を余儀なくされ、収入は激減してしまいました。
ただでさえ、オープンが遅れたことで蓄えが少なっていたところにこの仕打ち。いよいよ2人のスタッフの給料が払えなくなってしまいました。こうして、オープン前から堂八夫婦の志に賛同して、ついてきてくれた仲間を切らざるをえないという最悪の事態となってしまったのです。念願の開店からわずか3ヵ月で、絶体絶命の危機を迎えてしまいました。
「こんな状態でどう続けられるのか……」
これまで幾度となく試練はありましたが、やめようと思ったことは一度もありませんでした。しかし、最愛の味噌とスタッフを一度に失い、さすがに今回ばかりは……常に前向きだった堂八夫婦が初めて吐いた弱音でした。
抜け殻のようになりながらも、とはいえ生活があります。愛する娘を育てないといけません。幸い、味噌部屋はダメになっても、1階と2階の営業スペースは問題なかったので、元々自宅で味噌作りをしていたことを思い出して、自宅で味噌を作りながら何とか営業を続けることにしました。
ただ、当然作れる味噌の量には限りがあります。しかも味噌を仕込むための時間が必要なので、毎週火曜日を定休日にしました。しかし、そこで味噌を仕込んでいるので実質無休です。
「自家製味噌なんて土台無理な話だったのか」
5月に味噌とスタッフを失ってから2ヵ月、休みもなく歯を食いしばって何とか営業を続けてきましたが、いよいよ限界を感じ始めていました。
しかし、運命の、いや運麺の女神は堂八夫婦を見捨てていませんでした。まさに店をたたもうかと真剣に悩んでいた7月に、メディアの取材が舞い込み始めたのです。それを受けて、客足も一気に伸びました。こうして、味噌不足による自転車操業は変わらないものの、多くのお客さんに恵まれて、「八堂八」は軌道に乗り始めました。
自家製味噌という途方もない2人の試みは、決して間違ってなかったのです!
結局、浸水した味噌部屋は先月ようやく直ったそうです。とはいえ、味噌不足を補うために無休での自転車操業は変わりません。味噌は高温多湿だと早く育つので、「今年の夏くらいにはようやくストックができてきて、浸水以前の形に戻せるかな」と滋喜さんは笑います。
そんな堂八夫婦の最愛の味噌は、前編にも書きました通り、他のお店ではまず実現不可能な、大量の糀を使用した自家製味噌です。味噌は糀の量で味が決まると言っても過言ではないので、その美味しさは圧倒的です。これを真似して、仮に業者に同等の糀の量の味噌を発注したら、コストがかかり過ぎてしまって、「八堂八」と同じ1杯800円で提供するのはまず不可能でしょう。さらに、堂八夫婦は自家製味噌と一緒に醤油糀も作っていて、味玉やチャーシューなどの具材も全てこれで味付けすることで、これまた他では出せないような味の一体感を実現しています。まさに唯一無二の「自家製」なのです。
そして、そこに合わせる麺は、札幌の「小林製麺」に特注した中太平打ちの玉子麺。味噌ラーメンで平打ちというのも珍しいですが、「平打ちが味噌の味を拾ってくれてベスト」という滋喜さんのこだわりです。何度も札幌の工場に足を運んで作り上げました。
実はこの「小林製麺」にお願いしたのも、理由があります。滋喜さんが働いた前店舗から「小林製麺」と付き合いがあったのですが、2018年、北海道で大きな地震があった際、空路の輸送ルートがストップしてしまうということがありました。しかしそんな状況で、「小林製麺」の担当者は車で東京まで麺を運んできてくれたのです。その時滋喜さんは、「自分が独立する際は必ず小林製麺にお願いしよう」と心に誓ったのでした。
このように、堂八夫婦のこだわりが細部まで行き届いた、魂のこもった「八堂八」の味噌ラーメン。味噌本来の旨味を楽しむことができる珠玉の一杯に仕上がっています。優しい口当たりでありながら、それでいて灼き上げられた味噌の風味と力強さを感じる、まさに心地よい味と言えます。
今は無き増毛町の「一福屋」のラーメンの味は知る由もないですが、当時、堂八夫婦が「一福屋」と紡いでいた「物語」と同種の感動を、ここ「八堂八」で紡ぐことができるのは間違いありません。
また、「八堂八」のもう一つの魅力として、週末限定の週替わりで提供される「限定飯」というメニューがあります。主に北海道の旬の海鮮が使われることが多いのですが、これはまさに滋喜さんの漁師時代のツテと、お兄さんが水産会社に勤めていることで、特別に手に入る厳選素材を使用しています。増毛町の名物である甘エビやウニやホタテなどがたっぷり乗って500円。採算度外視のまさにサービス品。
ちなみに、ラーメン以外のメニューは全てトモミさんが仕込むので、「限定飯」もトモミさんの仕事。また、「八堂八」は夜営業になると一品料理も提供されるのですが、それも全てトモミさん発案もの。まさに夫婦二人三脚での営業となっているのです。
改めて味噌作りとは、本当に繊細な作業です。例えば、納豆を食べた人が味噌部屋に入るだけで、その納豆菌が付着してしまい、味噌が糸を引いて納豆味になってしまうとこのこと。滋喜さんは納豆好きなのに、ここ数年納豆を食べてないそうです。
また、全く同じ原料で作った味噌を、全く同じ環境で育てているはずなのに、それぞれの樽で発酵の具合に差が出てきてしまうとのこと。早めに発酵してくる樽もあれば、遅いものもある。工場のように完全に温度や湿度を管理しきれない、手作りだからこそ起こる現象です。「まるで子育てのよう。同じように子育てしているはずなのに、子供の性格が全く違ってくるのと同じで面白い」と、3人の娘を育てたトモミさんならではの分かりやすい例え話です。
それだけ繊細なので、味噌を触る人の手に付着しているいわゆる常在菌によっても、味が変わってしまいます。まさに「人が変われば味が変わる」。なので、味噌作りの工程で直接味噌に触るのは全てトモミさんの仕事です。
「お母さん、いつもお味噌を作ってくれてありがとう」
普段はぶっきらぼうで職人気質な滋喜さんですが、ある日突然トモミさんに感謝の言葉をかけたそうで、トモミさんはビックリしたと同時に嬉しくて、今でも忘れらないと言います。
とにかく手間暇かかる自家製味噌。真似しようともなかなか真似できない、唯一無二の仕事です。しかし、堂八夫婦は「是非自家製味噌をやりたいと言う人が出てきてほしい」と願ってます。大変だけど、それだけやりがいがあって楽しい作業なので、「教えてほしいと言われれば、いくらでも教えます」と。
「すみれ系ならぬ八堂八系と言われる味噌ラーメンを確立することができたら、こんなに嬉しいことはない」
と、トモミさんは言います。すると横から滋喜さんが
「それを言うなら、すみれ系ならぬトモミ系、だろ」
おどけます。
幾多の試練を乗り越えて、ゆるぎない自信を手に入れた夫婦の笑顔がそこにはありました。
トモミ系味噌ラーメン。
圧倒的な旨さを誇るこのラーメンが各地で食べられるようになる。そんなまだ見ぬ「物語」に期待を膨らませながら、これからも「八堂八」の味噌ラーメンを食べたいと思います。
自家製味噌を巡る一大スペクタクル、「八堂八・味噌物語」はまだまだこれからも続いていきます!
是非あなたにも「灼味噌らーめん 八堂八」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べて頂きたいです。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
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