直系を外れながらも、誰よりも「家系」を愛し、躍進し続ける名店 王道家(千葉・柏)

2020年05月20日 12時00分更新

 私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏りまくった「物語」を紹介します

 「家系ラーメン」。その発祥である横浜の「吉村家」で修業をし、薫陶を受け、紆余曲折を経て吉村家直系ではなくなった今もなお、「家系」の味とプライドを守り、躍進を続ける名店が千葉県柏にあります。私もその味に感銘を受け、定期的に柏まで通い続ける、思い入れたっぷりのお店。

 そう今回「物語」を紡ぐのは、「王道家」です((お店HPはコチラ→https://oudouya.com

柏駅から徒歩約5分「王道家」

 店主の名前は清水裕正さん。現在46歳。

店主の清水裕正さん

 千葉の我孫子や茨城の取手を転々としながら、学生時代を過ごしたそうです。当時のお話を聞くと、「ホント、シャレにならないくらいのワルだったから」と振り返る清水さん。確かに今も、話すのにちょっと勇気の要る独特のオーラを纏っているのは、当時の名残かもしれません……(笑)。実際話すととても優しい方です。

 そんなシャレにならない日々を過ごしながらも、ラーメンが好きだった清水さんは定期的に食べ歩いてました。きっかけは高校生の時に食べた「ラーメンショップ」だったそうです。そして25歳の頃、これまでの自分の人生を見つめ直して、「ラーメン屋になろう」と決意します。

 修行先のお店として、当時大好きだった「吉村家」と「永福町大勝軒」で本当に悩んだそうです。「もし清水さんが『永福町大勝軒』で修業していたら、どうなっていただろうか?」思わず妄想が膨らみます(笑)。

 結果、ラーメンの味だけでなく、社長の人柄にも魅力を感じた「吉村家」の門を叩きます。ところが、「吉村家」の店主・吉村実さんから1年間断られ続けたと言うのです。その理由がまた凄くて、一番最初にお願いしに行った時は、

 「お前はいいオトコだから、根性がないだろ? だから続かないからダメだ!」

 確かに清水さんは今でもイケメンですから、当時は相当なものだったのでしょう。とは言え、想像のはるか上を行くとんでもない理由でした(笑)。

 その後も、「なんで弟子になりたいんだ?」「ラーメンが好きだからです!」「じゃあ、家で作ってろ!」と、断られたり……。何回も何回も断られた末に、清水さんは考えました。「入れてもらうために何を言えばいいか?」吉村さんの性格を踏まえて、導き出した答えは……、

 「お金が欲しいです!」

 これが決め手となり、ようやく弟子入りが認められました。この言葉でOKになるのも凄い話ですが、「これが一番の最初の修業だったね」と、清水さんは笑います。

 早速、清水さんは「吉村家」の寮に入って、ナント「休みなし、給料なし」で働き始めます。これには理由がありました。清水さんは当時28歳。回り道をしてからの入門だったので、とにかく早く仕事を覚えて、独立したいと考えました。それで吉村さんに、「給料も休みもなしでいいです。死ぬ気でやるので、一日も早く独立を認めて下さい」と直訴しました。それで吉村さんに「俺に認められたら」と約束してもらったのです。

 それから、死に物狂いで仕事を覚える生活が始まりました。何せ1日に1500~2000杯を売り上げる超人気店。そこで朝から晩までずっと働き、睡眠時間は1日2~3時間。上下関係も厳しく、先輩から罵倒されることも。並大抵の人間では努めることができない、本当に厳しいものでした。しかし、「吉村家」の味に惚れ、吉村さんの人柄に惚れた清水さんは踏ん張りました。

 結果、半年という異例のスピードで全ての仕事を覚えた清水さん。元々土地勘のあった茨城・千葉で物件を探し、入門からわずか1年。柏で吉村家直系の「王道家」をオープンさせることができました。2003年のことでした。

 しかし、ある意味突貫工事のように独立を進めた清水さんは、「あれだけ厳しかった修業が、実は本質的には何の勉強にもなっていなかった」ということを痛感することになります。「吉村家」のおかげで、開店当初からお店は賑わったのですが、それにラーメン作りが全く追いつかなかったのです。

 確かに、「吉村家でのラーメン作り」は完璧に覚えました。ただ、それはあくまでも「吉村家」でのみ通用する作り方だったのです。家系のスープは継ぎ足しで作りますが、材料の継ぎ足しの分量もタイミングも、長年「吉村家」で培われた、いわばマニュアルのようなものを覚えて、ただ踏襲していただけでした。「それを自分のお店に置き換えた時にどうしたらいいのか?」。清水さんは、その駆け引きを全く学ぶことなく独立してしまったのです。

 「例えば『アリとキリギリス』という話を、そのストーリーを『知っている』人間はたくさんいる。でも、その本質をちゃんと『分かっている』人間がどれだけいるのか? 俺は何も『分かってなかった』んだよ」。

 その結果、徐々に客入りは落ちていきます。しかし、そんなピンチを救ってくれたのも、やはり「吉村家」の看板でした。

 「一度食べてダメだと思われても、『吉村家』の看板のおかげで、もう一度食べてみようと思ってもらえる。これが看板のありがたさ。1回勝負で終わらずに済んだことは、本当に感謝している」。

 実質、一から修業のやり直し。こうして、約3年かけてお店を軌道に乗せることができました。

 ちなみにこの頃、私も「千葉の『王道家』がとてつもなく旨い」という噂を聞きつけてお伺いし、その狂暴でパンチの効いた味にノックアウトされました。生意気にも「明らかに他の家系とは違う旨さがある」なんて思っていたのですが、その味の秘密は後程ということで……。

 人気と共に、徐々に弟子入り希望者も集まってきます。かつて自分が「吉村家」で修業し、独立を許してもらったように、家系を愛して一旗揚げたい思う若者を、清水さんはなんとかしてやりたいと思うようになってきました。

 しかし、そこに立ちはだかったのが、「吉村家」が定めた「直系店は1店舗のみを経営して、そこからの独立店は認めない」という決まりです。清水さんは何度もお願いに行きましたが、「それを認めると秩序が乱れる」と、許しを得ることはできませんでした。これもまた、致し方ないことです。

 「自分をここまでにしてくれたのは、紛れもなく『吉村家』」。清水さんは感謝と尊敬の念を、今も変わることなく持ち続けています。しかし、可愛い弟子たちを見捨てることもできません。まさに「親を取るか、子を取るか」。清水さんは苦渋の選択を迫られました。

 2011年、「王道家」は直系から離れることとなります。清水さんは弟子を育てようと覚悟を決めたのです。すでに世の中には、「吉村家」と一切関係のない家系を名乗るお店が溢れ返っていました。そんな中で自分ができることは、「吉村家」で学んだ「本物の家系」を一人でも多くの弟子たちにしっかり伝えていくこと。愛する「本物の家系」を守るために、清水さんが導き出した結論でした。

 直系から離れることで、最も大きく変わるのが、酒井製麺の麺を使えなくなること。濃厚な醤油豚骨スープをガッチリ受け止めるコシの強いストレート太麺。「家系イコール酒井製麺」と言われるくらい、欠かすことのできない大きな存在です。

 清水さんはまず、いくつかの有名な製麺所に似たような麺を発注しました。しかし、どこも納得のいくものを作ることができませんでした。それほどまでに酒井製麺の麺は圧倒的なのです。残された道は自家製麺しかありませんでした。

 製麺機からスタッフから全てを用意して、試行錯誤を重ねました。費用はかさみ、ナント1000万円を超えたそうです。徹底的な成分分析など、それこそ科学者並みの研究を重ねて、ようやく「これならお客さんに出せる」という麺を作り上げることができました。

こだわり抜かれた自家製麺

 誤解を恐れずあえて言いますが、王道家の自家製麺は酒井製麺の麺に何ら遜色ないクオリティだと思います。ちなみに、清水さんの中ではまだ完璧に納得のいった麺にはなっていないので、絶えず今も麺の研究は続けているそうです。

 その後、弟子たちも順調に育ち、王道家グループのお店が着実に増えていきました。現在いずれの店も、清水さんが「吉村家」で学んだ「家系魂」を持った素晴らしいお店に成長しています。

 2017年、お店が入っていたビルの老朽化に伴い、移転を余儀なくされます。柏で他の物件を探したのですがいい場所が見つからず、茨城県の取手にお店を移すことに。個人的に、これは正直堪えました。柏時代は月一くらいのペースで通えていたのですが、さすがに取手は遠く、半年に一度くらいになってしまいました。

取手が本店だった頃の写真。現在は取手店として営業中

 もちろん味は変わらず美味しかっただけに、ひたすら耐え忍ぶ時期でした……。

 そして昨年10月、待望の柏への復活! 狂喜乱舞したのは言うまでもありません!やったー!!……すいません、私の「物語」を語るうちに思わず熱くなってしまいました。冷静になります、失礼しました(笑)。

 では改めて、なぜ数多ある家系ラーメンの中でも、「王道家」は私をはじめとするたくさんのファンを魅了し続けるのか? それはひとえに、清水さんの味作りに秘密があります。

 先程も記した通り、オープン当初の失敗を経て、清水さんは独学で一から学び直しました。その際に家系ラーメンを徹底的に解剖し、その素晴らしい部分はそのまま踏襲しつつも、「もっと改良を加えたら美味しくなるのではないか?」という部分を入念にブラッシュアップしたのです。

 その中で最も意識したのが、「熟成」です。良質なガラを大量に炊くのが家系のスタイルですが、そのガラをあえて寝かせて熟成感を出すことで、さらに旨味が増すことに清水さんは着目しました。

 それは「吉村家」でもやっていないことでした。もちろん、一言に「熟成」と言っても、そのやり方は一朝一夕で導き出せるものではありません。清水さんが試行錯誤の末、最適解を導き出したのです。

 直系の名物である燻煙チャーシューも、清水さんが燻製の方法をこだわり抜いているだけあって、旨味とスモーク感が他所とは格段に違います。

チャーシューメン

 「『王道家』はチャーシューメンが必須!」と断言します。

 このように独自に進化させてきた家系ラーメンの技法を、清水さんは惜しみなく教えて広めていきたいと考えています。それは弟子はもちろんのこと、「今家系ラーメンを作っているが、改めて真剣に学び直したい」と高い志を持っている人間がいたら、弟子でなくても技術提供してもいいと言うのです。しかも無償で構わないと。

 「家系を分かってない人間に、分かったような顔して変なことをやられるよりも、ちゃんと教えて分かってもらった方が、家系にとって絶対に良いに決まっている」。その想いが、清水さんの「無償の技術提供」という考えにつながっているのです。

 また清水さんは、技術提供を通じて、「同じ価値観を共有できる仲間を増やしたい」と考えています。「技術の提供は、信念の共有にもつながる」と言います。

 この状況下で今後、ますます経済的な競争が熾烈化することが予想される中、例えば材料の仕入れ一つにしても、個人店は間違いなく大手に負けてしまうのは火を見るよりも明らか。そこで、個人店同士の横のつながりを強くすることで、束になって大手の資本力に負けないようにする。そのための仲間を増やす必要性を痛感しているのです。

 以前から清水さんは、折に触れて「一つにまとまろう」と提案してきましたが、なかなか聞き入れてもらうことができませんでした。しかし、今このような状況になって、ようやく話を聞いてもらえるようになってきたと言います。これからますます経済が厳しくなっていくであろう中、清水さんは「個人店の結束の重要性」を説き続けていきます。それが家系はもちろん、ラーメン業界全体を守ることにつながると信じています。

 「どうしても営業が制限されてしまう今こそ、逆にその空いた時間を使って、じっくり人を育てたり、人と意見交換をするチャンス。今はもう門外不出だとやっている時代ではない。自分の考えに賛同してもらえる人は、どんどん来てほしい!」と、清水さんは「志を共にできる仲間」を広く募集しています。

 さらに清水さんは、「ラーメン屋だけでコラボしても、ラーメンにしかならないだろ!」と、味においては、ラーメン店だけに留まらず、他の料理店と協力することの重要性も感じています。同じ柏にある寿司屋、イタリアン、中華料理店などにも積極的に勉強に出かけて、お互いに調理技術や食材の情報交換をしています。そして、その一つの成果として、特別なコラボメニューの製作に尽力してします。結果それが、今の厳しい時期にお客さんを呼ぶきっかけになればと、SNSなどの拡散力を使って積極的に仕掛けています。

 元々相当なワルで鳴らし、今もちょっぴりコワモテな見た目でダミ声でまくし立てる清水さん。ある意味「家系の職人」のイメージそのもので、その印象は今もちゃんと残ってますが(笑)、今回の取材を通じて、新たな一面をたくさん見せて頂くことができました。「家系の伝統とプライドを守りながらも、その一方でなんて進歩的な考えを持って動いているのだろう」と、私は感心しきりでした。

 実は誰よりも研究熱心で、そして先見の明がある、頭脳派職人。その頭脳で導き出した「家系の未来」「ラーメン店のあるべき姿」という理想像に向かって、これから清水さんは強烈なリーダーシップを発揮して、突き進んでいくことでしょう。

 しかし、今後どんなに精力的に外に向けて動くとしてとも、清水さんは絶対にお店に立ち続けると言います。

 「なぜラーメン屋は対面式のカウンターなのか? 店主がお客さんとコミュニケーションを取るために決まっているでしょ! 吉村さんもラーメン作りながら、お客さん全員笑わせていた。『美味い・安い・面白い』なんて、最強のコンテンツでしょ。やはり自分はそれを尊敬しているし、理想だと思っている。まぁ、今の時期はちょっと難しいけどね」

 紆余曲折を経て、吉村家直系を外れることになりましたが、清水さんの根底には、今も吉村さん直伝の「家系魂」が脈々と流れています。

 私は、そんな清水さんが作る「本物の家系ラーメン」を食べながら、これからも進化し続ける「王道家」を応援し続けたいと思います!

 是非あなたにも「王道家」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べて頂きたいです。

大人気のサイドメニュー「チャーシューまぶし」とセットで

卓上調味料で自分好みにカスタマイズして食べるのも家系の醍醐味のひとつ

名物店員の山ちゃん(左)

山ちゃんはかつてストラップが作られるほど愛されている(笑)

王道家の一杯、ぜひ一度味わってみてください

 ※新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止策により、営業日・営業時間・営業形態などが変更になる場合があります。

赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)

2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。

百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/

本人Twitter @ekiaka

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