煮干しに全てを捧げた男が初めて語る、知られざる「純愛物語」 中華ソバ 伊吹(東京・志村坂上)(後編)
私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏りまくった「物語」を紹介していきます。
先週に続き、2週に渡って私が「物語」を紡ぐのは、尋常ではない煮干しへのこだわりで、圧倒的な人気を誇る「中華ソバ 伊吹」。前回、店主の三村さんの15年に及ぶ「純愛物語」の前編を紡ぎましたが、今回はその後編です!
(※前回までのあらすじ)
三村さんが18歳の時に出会い、惚れ込んだ彼女。「自分の店を持って、人並みに飯が食えるようになったら迎えに行く」。彼女との約束を果たすために、試行錯誤を繰り返しながら、何とか「中華ソバ 伊吹」を行列のできる人気店に成長させた三村さん。「ようやく胸を張って、彼女を迎えに行くことができる」。三村さんは、名古屋に向かいました── (前編はコチラ(https://ascii.jp/elem/000/004/014/4014984/))
彼女と出会ってから、実に15年の月日が経過していました。一途に彼女のことだけを想い、頑張り続けた15年間。万感の想いを胸に、彼女の元に向かった三村さん。
しかし。
「ごめん。私やっぱり、外に出られない……」
三村さんを待ち構えていたのは、残酷すぎる現実でした。心の病を患った彼女は、15年の時間をかけても、日常の社会生活に戻る決意をすることができなかったのです。
「俺じゃこの⼦を幸せにできなかったんだ」
混乱と複雑な想いが交錯する中、三村さんは諦めて、身を引くことを決意しました。
今はもう完全に吹っ切れた三村さんは、明るく笑い飛ばしながら語ってくれましたが、その時の心情を推し量ると、どんな言葉を紡いでも、言い表すことはできません。ただ、三村さんは今でも彼女に深い感謝の気持ちを持っています。「あの子がいなければ、俺はラーメン屋にもなってないし、どうなっていたことか……、きっとろくでもないことやってましたよ」。最後の最後まで、純愛と漢を貫いた三村さん……、最高にカッコイイです。
こうして、三村さんの切なすぎる「純愛物語」は幕を閉じました。
結果として、これが三村さんにとって大きなターニングポイントとなりました。三村さんは「自分は2つのことまで物凄く集中することができる。これが3つになるとテンパってしまう」という自己分析の通り、まさにこれまでは「彼女」と「煮干し」という2つのことに没頭してきました。しかし、その1つが失われ、向き合う対象が「煮干し一本」になったことで、その向き合い方が変わってきました。
言うまでもなく、そもそも三村さんの煮干しへのこだわりは尋常ではありません。一言で煮干しと言っても、ちゃんと食べ比べると、驚くほど味が違います。その千差万別の味を持つ膨大な種類の煮干しの中から、「伊吹」の場合、10数種類を選び抜いて使用しています。
中核を担う1種類があり、その脇を固めるのが2種類くらい。残りが微調整の役割を果たすもの、という構成です。それこそ、無数に存在する煮干しの中からベストな組み合わせを構成するという、本当に気の遠くなるような作業です。
しかも、一度に確保できる煮干しの量にも限界があるため、一度決めた組み合わせのまま、ずっと行けるワケではありません。中核を成す煮干しもだいたい2ヶ月で在庫が尽きてしまいます。そうなったら、代わりを担えるものを全国から探してきて、それに合わせて脇を固めるものも変えて、さらに残りの微調整をするものも変えて……、と、全ての構成が変わってしまいます。
圧倒的な経験を積んだ今でこそ、三村さんは、その時手に入る煮干しでできる最良の組み合わせを、瞬時に導き出すことができるようになりましたが、一時はそれで悩んだこともあったそうです。ここまでの異常なまでのこだわりがあるから、他の店とは違う圧倒的な旨さを出せるのです。
そんな三村さんのリミッターが、彼女という存在が失われたことによって、外れたわけです。さらに煮干しを突き詰め始めます。それまで三村さんは、「濃さだけはどこにも負けない」という考えが根底にありました。これが覆ったと言います。
「煮干しのインパクトではなく、旨味を重視していきたい」。本当に美味しい煮干しに対して、金に糸目をつけなくなりました。移転によって収入も増えたことで、それまで使えなかった凄く高い煮干しを全国から取り寄せられるようになったことも大きかったそうです。こうして、多くの他のお店が、煮干しの濃度を上げることばかりに走る中、煮干しの旨味を追求することで、他のお店には出せない味を表現していきました。
ところが、今から1年前くらい前のことです。「面白いもので、そうやって突き詰め続けると、終わりが見えちゃうんですよ」。寝ても覚めても、考えるのは煮干しのことばかり。圧倒的な時間と物量、そして磨き上げたセンス、その全てを煮干しに注ぎ込んだ結果、三村さんと同じ次元で煮干しについて会話ができる人が、周りにいなくなってしまいました。煮干しを取り扱う業者の人でさえ、三村さんの言うことを理解できない程。
「このままで終わっちゃうのかな? もっと上に行きたいけどどうしたらいいのか分からない」。まさに煮干しを極めようとする者のみが抱える苦悩。常人では到底達することができない、恐ろしいまでの高次元で、三村さんは行き詰ってしまったのです。
そんな三村さんを再び奮い立たせる、ある出会いが訪れます。「伊吹」の常連さんから、「大久保に物凄く美味しいカレーのお店がある」という話を聞き、そんなに美味いのかと一度食べに行ってみました。お店の名前は「SPICY CURRY 魯珈」(紹介記事はコチラ(https://www.walkerplus.com/trend/matome/article/149579/))。
今カレー業界で注目度No.1の大人気カレー店です。そのカレーを食べて、衝撃を受けました。それまでラーメン以外のものをほとんど食べてこなかった三村さんにとって、未知なる領域。しかし「世の中にはこんな美味いものがあるのか」と、その美味さに圧倒されたのです。
「ヤバイ、負けてられない!」。まさかラーメン以外のものに触発されるとは思ってもいませんが、この出会いをきっかけに、「魯珈」の店主である齋藤絵理さんとも交流を持つようになりました。
一方、齋藤さんも「初めて三村さんのラーメンを食べた時、強面な見た目の印象と反して(笑)、『なんて繊細で天才的なバランス感覚をもっているんだ』と驚いてしまい、気付いたら『伊吹』に通うようになっていました」と、相当な衝撃を受けたそうです。さらに、「同じ世代にこんなずば抜けたセンスを持つ人がいたことに、『私こそもっと上を目指さなきゃ!三村さんに美味しいと言わせるカレーを作らなきゃ!』と奮起したんです。私は自分の看板メニューにしているラムカレーに、今その想いを込めて作っています。三村さんと出会ってから、圧倒的に美味しくなりました!」と絶賛。まさにお互いをリスペクトし合う、素晴らしい関係性を築いているのです!
結果的に、「魯珈」のカレーに救われる形になった三村さん。すっかり火が付きました。こうなった三村さんは、もう止まりません! 「煮干しにこだわり過ぎて、いつしか自分で枠を狭めてしまったのかもしれない……」。そう自身を振り返り、改めて考え抜いた末に、新たな境地にたどり着きました。三村さんはそれを、実に三村さんらしい力強い言葉で語ります。
「『煮干しラーメン』というくくりの中に収まるのではなく、あらゆるジャンルを超越した『ラーメン』全体の中で、圧倒的に旨いと言われたい。煮干しという武器一本で、全てをひれ伏せたい! そんな想いです(笑)」。
こうして、また新たな気持ちで煮干しと向き合うこととなった三村さんは、今年のゴールデンウィークに、とんでもない怪物を生み出しました。それは、水と煮干しだけのスープ。しかも、ナント一切火入れをせずに、水出しだけで取ったという、前代未聞の煮干しのスープです! そのスープを一口啜ると、水出しだけとは到底思えない、煮干しの強烈な香りと旨味が押し寄せます。極限まで加工をそぎ落としているので、クリアかつストレートに煮干しの魅力を感じることができます。
と、エラソーに書いておりますが、何せこれまで食べたことのない革新的な味なので、一度食べただけでは咀嚼しきれておらず、とても理解できたとは言えません。シンプルでありながら、簡単には解読できない、深淵なる魅力に溢れています。もちろん旨いです。旨いんですが、「自分はまだこの旨さを理解しきれていないのではないか?もう一度食べたら本当の旨さに到達できるのではないか?」と自問自答せずにはいられません。そうこうしているうちに、「あぁ、もう一度食べたい!」。食べ重ねることでその底なしの魅力にハマってしまうであろう、そんな一杯です。
三村さんが、今持ち得る煮干しの知識と調理技術の全てをつぎ込んだ渾身の一杯。誰もやらなかった、誰も思い付かなかった、まさに三村さんにしか成し得ない作り方で、ラーメン界に革命を起こす新しいラーメンを生み出したのです!
このラーメンは「壱・漆(いち・なな)型 煮干しソバ」と名付けられました。「1」と「7」、1月7日は、三村さんが影響を受けた大切な人の誕生日なのだそうです。それを冠するほど、かけがえのない一杯が誕生しました。「中華ソバ」「淡麗」「濃厚」に次ぐ、ようやくできた4つ目のレギュラーメニュー。ただ、1日提供する分を作るのに2日かかってしまうという、大変な労力を伴うものなので、残念ながら毎日提供するのは難しいとのこと。ハードルが高いですが、是非食べて頂きたい一杯です!
連日行列の大人気店であるはずの「伊吹」ですが、三村さんは「とにかく金がないっす」と嘆きます。というのも、「伊吹」と他所のお店を比較した時に、仮に同じ売り上げがあったとしても、「伊吹」は他店の半分しか利益が出せないのです。
その理由は、「原価5割」という煮干しに対するありえないお金の掛け方。先述の通り、煮干し選びにおいて、金に糸目を付けません。例えば「淡麗」には、高級食材である「オリーブいりこ」を惜しみなく使用しています。「なんで800円とか850円で出しているのか分からないレベル」と自虐的に笑いますが、こればかりは妥協することができません。
ちなみに、今回の取材をさせて頂いた日に、ちょうど茹で麺機が壊れてしまうというアクシデントが起きました。機材に精通した常連さんに見てもらったところ、「何とか修理して使いたいところだが、かなり年期が入ったものなので、もしかしたら買い替えないといけないかもしれない」とのこと。そうなると20~30万円はかかると聞いて、どうお金を捻出するか真剣に悩む三村さん。「パッと使えるお金なんて3万円くらいしかないです(笑)」。これが「伊吹」の現実なのです。
これだけの名店ですから、お金を稼ごうと思えば、その方法はいくらでもあるはず。実際、商業施設への出店などの話はこれまで何度もありました。しかし、「自分がお店に立てないのであれば、それは『中華ソバ 伊吹』ではない」という考えの三村さんは、支店を出すつもりは一切ありません。
そんな一方で、「弟子にはちゃんと儲けろ」と言っている三村さん。弟子は家族。修業は厳しいですが、「自分を慕ってきてくれた子供たちには、幸せになってほしい」と惜しみない愛情を注いでいます。これまで3名の弟子たちが巣立っていき、現在は4番目の弟子となる聖也君が修業中です。
聖也君は愛知県出身で、名古屋でお店を出したいという夢を持っているということで、三村さんはそれが嬉しいと言います。そう、名古屋は三村さんにとって、かつての恋人がいる思い入れの深い街。一時は名古屋に移転することも考えた程。そんな三村さんの想いも背負った聖也君、プレッシャーも大きいと思いますが、是非頑張ってもらいたいです!
一人の女性に惚れて、そして煮干しに惚れて、ここまでやってきた三村さん。座右の銘は「チャンスはピンチ。ピンチはもっとピンチ」とのこと(笑)。まさにこれまで歩んできた人生を象徴する言葉です。しかし、幾度ものピンチを迎えても、相棒の煮干しと共に見事に乗り越えてきました。
「自分は頭が悪いから理解するまで時間がかかります。でも、理解するまでとことん考えるから、結果考えるクセがつきました」。この言葉はラーメン屋さんだけではなく、どんな仕事をしている人にも当てはまる教訓だと思います。大切なのは頭の良し悪しではなく、あきらめずに考え続けることができるかどうか。考えて考えて、思い付いた通りに行動して、それでも間違っていたら、また考えればいい。そうやって愚直に考え続ければ、必ず正解にたどり着ける。
三村さんの「純愛物語」を紡いでいった結果、最後は人生訓とも言える「学び」を得ることができました。「もっともっと、ちゃんと考えろよ!」。煮干しにそう教えられた気がします(笑)。
「万人受けするのものを作っているつもりはないけど、自分のラーメンで納得させらないお客さんがいるということは、まだ力不足。まだ上があるということ。もっともっと努力が必要です」。煮干しを極め、そしてラーメンを極めるために、三村さんの挑戦はまだまだ続きます!
是⾮あなたにも「中華ソバ 伊吹」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら⾷べて頂きたいです。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
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