バンドでメジャーデビュー、サラリーマン、ホテルで自作ラーメンの提供……異色すぎる経歴の男が放つ白河風中華そば 麺創庵 砂田(東京・巣鴨)(後編)
私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏愛に溢れた「物語」を紹介します。
先週に続き、2週に渡って私が「物語」を紡ぐのは、今年4月に彗星のごとく現れ、すでに名店の風格すら漂う話題の新店「麺創庵 砂田」。
独学でありながら、白河ラーメンの有名店と何ら遜色のないクオリティのラーメンを提供し、一躍ラーメン好きの間で話題となったコチラのお店。しかも、店主は50歳を超えたオールドルーキー。気になることがあり過ぎるので取材を試みると、稀有すぎる店主の人生と、ラーメンに対する並々ならぬ想いが明らかになりました。「異色のオールドルーキー物語」、後編の開幕です!
※前回(https://ramen.walkerplus.com/article/4025742/)までのあらすじ
ミュージシャンとしてメジャーデビューまで果たした砂田裕史さんは、その後、サラリーマンとなり、ラーメンの自作に開眼します。その自作のつけ麺が評価され、本業はサラリーマンでありながら、福島県の白河市の近くのスパリゾート&ホテルで8年間に渡って自作つけ麺を提供。そこで自信をつけた砂田さんは、念願のラーメン店を開くことを決意します。開店前に、ラーメンコンサルタントの渡辺樹庵さんのお店で修業をし、ついに独立。その前に、尊敬する樹庵さんに試食をしてもらうことになりました──。
砂田さんは自分のお店をオープンするに当たって、実は2つの味のラーメンを用意していました。1つは、現在「砂田」でも提供されている白河ラーメン風の中華そば。そしてもう1つは、動物と魚介を合わせたWスープのラーメンでした。
自作の白河ラーメンは、福島県のホテルにつけ麺を作りに通った際に、白河ラーメンに慣れ親しんだ地元の人に何度も食べてもらい、太鼓判をもらっていました。ただ、白河の人たち以外に、白河ラーメンと、この動物魚介のWスープを食べてもらったところ、動物魚介の方が好評だったのです。都内でお店をやることを考えると、魚介の入ってない白河ラーメンではなく、魚介も入ったオーソドックスな味を求めるお客さんもいるハズ。両方のニーズを満たすために、この二枚看板で行こうと考えていたのです。
そして迎えた、樹庵さんの試食。
まずは白河ラーメン。樹庵さんには事前に何も伝えずに食べてもらったのですが、一口食べていきなり「白河?」と見事に当てられました。事前情報もなく、しかも「渡なべスタイル」とも一切関係のない味を突然食べたにもかかわらず、ピタリと当ててきた樹庵さんの舌に、砂田さんは改めて驚いたと言います。
そして2杯目の動物魚介のWスープを出しました。黙々とこちらも食べ終えた樹庵さんが、一言。
「で、どうすんの?」
砂田さんは、この二枚看板で行こうと思っていることを伝えました。すると、
「止めた方がいい。もしお客さんが初めて来て、最初にこの動物魚介の方を頼んだら、『あぁ、美味しいラーメンだな』だけで終わってしまう」
「でも…」。砂田さんは喉まで出かけた言葉を飲み込みました。確かに動物魚介は、美味しさには自信があったものの、その味は極めてオーソドックス。何か特色があるのか、と言われると二の句が継げませんでした。
とは言え、ここまで仕上げてきた自信作。そう簡単に止めるという決断はできませんでした。しかし、砂田さんがその日の夜、樹庵さんのSNSを見てみると、
「コンセプトが定まっていない、とっ散らかったラーメンだった」
という書き込みが。詳細は書かれてなかったものの、砂田さんのラーメンのことを指しているのは明らか。「どちらのラーメンも、美味しいのは間違いない。ただ、都内に扱うお店が少ない白河ラーメンに絞った方が、コンセプトが明確になる」。この言葉が砂田さんの胸に深く突き刺さりました。
「尊敬する百戦錬磨の樹庵さんが、自身の膨大な経験値を元に言ってくれたアドバイスが間違っているハズがない。信じて突き進もう!」
砂田さんは、「白河一本に絞ります」と樹庵さんに報告しました。そして迎えた、2回目の試食。さらにブラッシュアップさせ、現在お店で提供しているものとほぼ変わらないくらいの白河ラーメンに仕上げたものを食べてもらい、そこで「いいじゃん」という言葉をもらうことができました。
結果、一本に絞ったことで、オープンすぐで「都内で美味しい白河ラーメンが食べられる」と話題となり、今の人気に繋がっているわけですから、まさに樹庵さんの言う通りでした。さすがは稀代のラーメンコンサルタントです。
それ以外にも実は、砂田さんは細かい部分で樹庵さんから助言を頂いたのですが…。
実は砂田さん、自家製手打ち麺は時間もかかるし、体力的にも大変なので、当初は製麺所にお願いすることを考えていました。それを樹庵さんに伝えたところ、即座に「ダメだよ」とピシャリ。「白河は自家製麺だよ」。樹庵さんにそう言われてしまったら、砂田さんも「NO」とは言えません。
また、店内の券売機に「ワンタン麺」のボタンを見つけた樹庵さんから、「お、ワンタン麺やるの?」と聞かれた時のこと。
「いや、ワンタンは慣れてきてから…」と口ごもる砂田さんに対して、これまた即座に「ダメだよ」とピシャリ。「ワンタンも最初からやらないと」。こうしてワンタンもオープンに間に合わせることになりました。
「でも、今にして思えば、2つとも無理して頑張って本当によかったな、と思うんですよね」と、砂田さんは振り返ります。「白河ラーメンと言えば、自家製麺とワンタン」。そう言っても過言ではないほどの重要アイテムです。そこをちゃんとこだわったからこそ、独学の白河ラーメンでも、本格感が出て、それがお客さんからの評価につながりました。
「決して妥協を許さない、でも乗り越えれば必ず結果が伴う」。まさに樹庵さん流の「魔法のダメ出し」だったのです。
こうして出来上がった砂田さんの白河風中華そば。
スープは、名古屋コーチンやはかた地鶏といったブランド地鶏のガラを使い、真水は一切使わず昆布水で炊き上げています。コストはかかりますが、やはりスープの仕上がりが全く違うので妥協はできません。白河ラーメンの代名詞的存在である「とら食堂」をイメージしながらも、東京のラーメンの味に慣れたお客さんの舌を考えて、コクが強めで分厚い味に仕上げています。私が初めて食べた時に、「白河ラーメンなのにガツンと来る」と感じたのは、まさにそういう理由だったのです。
一方、チャーシューは、「とら食堂」と双璧をなす白河ラーメンの雄「火風鼎(かふうてい)」のものをイメージしています。「火風鼎」のチャーシューと言えば、吊るし焼きによる豊かな薫香。砂田さん自身がこの味に魅了され、研究の末、今の味にたどり着きました。白河系の場合、多くのお店でチャーシューは煮豚が使われているのですが、砂田さんは一切茹でずに焼豚にして、それを醤油に漬けて味付けをします。そして、その味付けに使われた醤油をカエシとしてラーメンのスープに入れることで、全体の味に統一感を出しているのです。
このスモークされたチャーシューの香りが、ラーメンを食べ進めることで徐々にスープに移っていく感じが、もう本当にたまりません!なお、普通のラーメンに入るチャーシューは内ももだけですが、チャーシュートッピングにすると肩ロースが加わります。この肩ロースがまた格別の美味さなので、是非ともチャーシュートッピングをオススメします!
チャーシューと共に「砂田」の絶品トッピングと言えば、ワンタン。そう、樹庵さんの「魔法のダメ出し」で必死でオープンに間に合わせることになったワンタンです(笑) 。
味付けは、ラーメンに使用しているスープ、タレ、油、塩こしょうだけと非常にシンプル。そして皮は麺と同じ生地なので、当然ラーメンとの相性は抜群です。白河系のワンタンと言うと、餡が少なめでどちらかと言うとビロビロした皮の食感を楽しむイメージですが、「砂田」のワンタンは餡がぎっしり詰まって食べ応え満点。最初は砂田さんも、白河ラーメンということで餡少なめを考えていましたが、美味しい餡ができたのでこの方向に振り切りました。結果、このワンタンの存在感が「砂田」の大きな特色となっています。
そしてもう一つ、こちらも樹庵さんのおかげで実現した自家製手打ち麺。こちらも本場の白河系に勝るとも劣らない素晴らしい仕上がりだと思いますが、砂田さんは「まだまだ改良の余地だらけです」と言います。
ご本人が感じている最大の課題は、「大量の麺を打つことへの慣れ」だそうです。なにしろ手打ちなので、量が増えれば増えるだけ単純に作業が大変になりますし、一つ一つの工程に慣れないと、毎回同じクオリティを保つことができません。
そもそも自作では1kgくらいしか打ったことがありませんでした。それをお店で出すためには、当然もっと大量に打たないといけません。3kg、5kgと量を増やしていって、苦労の末、今は一度に6kgまで打てるようになりました。これでようやく50食分、1日の営業分となります。ただ、お客さんがたくさん来てくださるので、ほとんど営業終了時間の17時までもつことがなく早仕舞いとなっているのが実情です。なので、何とか7kgまで打てるようになりたいと考えています。
麺を打つ工程でも、加水率、そして水回しや手ごねのやり方など、まだまだ試行錯誤しています。砂田さんの中では、理想とする「とら食堂」の麺は、今の自分の麺よりもう少し平べったいイメージがあるそうなのですが、その感じがまだ表現できていません。打ち立てだと納得できる形になっているのですが、寝かせるとどうしても膨らんできてしまうので、そのあたりの仕上げ方を追求しています。個人的には、現状でも十分美味しいと思うのですが、砂田さんはさらなる高みを目指しているのです。
ここまで見てくると、砂田さんのラーメンは、ジャンルとしては「白河系」に属しますが、随所にオリジナリティが垣間見える「砂田系」ラーメンだということがよく分かりました。
また、砂田さんがラーメン以外に力を入れているものとして、サイドメニューの「日替わりご飯」があります。
「町になじむ、常連さんに愛されるお店」を理想に掲げているので、お客さんが毎日来ても飽きないように、日替わりメニューを作りたいと考えました。しかも、ラーメンを当初は2種類出すつもりだったのが、1種類になったこともあり、その想いはますます強くなったのです。
現在、日替わりご飯は、「チャーシュー炊き込みご飯」「鶏節TKG」「魯肉飯」「キーマカレー」の4種類をローテーションで提供しています。今回私は「魯肉飯」を頂いたのですが、正直サイドメニューという域を軽く超えた、本格的な味わいに驚きました。実は砂田さんは「ラーメンの役に立つかも」と、スパイスの勉強もされたそうで、それがこの「魯肉飯」と「キーマカレー」に生かされています。是非ともこちらも、ラーメンのお供としてお楽しみください!
「麺創庵 砂田」がオープンしたのは、今年の4月30日。まさにコロナ禍での船出となってしまいました。元々、現店舗の契約に向けて具体的に進み始めたのが今年1月。その時は、コロナの「コ」の字も聞こえていませんでした。それがあれよあれよという間に広がり、当初は3月末のオープンを考えていましたが、延期せざるを得ない状況に。しかし、家賃は当然発生しますし、そもそも開業もしてないワケですから失業手当も出ません。このままではジリ貧だと、席数を減らして、換気や消毒などできる限りの感染症対策を徹底した上で、オープンしました。
この時期にオープンすることによる批判も覚悟しましたが、コロナコロナで気持ちが塞ぎがちになっていたラーメンファンにとって、このタイミングで彗星のごとく美味しい新店が現れたことは、朗報以外の何物でもありませんでした。こうして「砂田」は、瞬く間にたくさんのお客さんに愛される存在となりました。
オープンすぐに話題店となったことで、砂田さんは時間に追われるような毎日を送っています。朝はだいたい7時から8時にはお店に入って仕込みを始め、11時開店で17時まで営業。その後、麺打ちや翌日のスープを仕込むと、帰りは22時から23時過ぎなんて日も。50歳を超えてからの重労働に、体のあちこちにガタがきて悲鳴を上げています。
そんな様子を見かねた奥様が、今では週3日、ご自身の仕事終わりにお店に来て、仕込みや掃除を手伝ってくれています。これまで常に砂田さんの想いを尊重して、ずっとサポートし続けてくれている奥様について、「どれだけ感謝しても、し尽せない」としみじみ語っていたのが印象的でした。
ラーメン店開業という長年の夢が叶い、しかも連日お客さんが押しよせるお店となり、毎日とても充実しているという砂田さん。今、一つの目標があります。それは限定ラーメンをやること。開店当初から食券機には「限定」のボタンが作られています。
開店して4ヶ月が経ち、機は熟してきました。その限定の中に、間違いなく入ってくるのが、動物と魚介のWスープ。そう、最初の試作を受けて、断腸の思いでレギュラーメニューから落としたあのラーメンです。味に関しては、樹庵さんも太鼓判を押したという動物魚介。お目見えする日が楽しみでなりません!
今回の取材を通して、私は、砂田さんのラーメンだけでなく、人間性にもすっかり魅了されてしまいました。自分のこだわりとビジョンをしっかり持って、そこに向かって一切の妥協をしない。それでいながら、どこか飄々としていてクール。暑苦しさしかない私には決して出せない魅力です(笑)。このあたりのスマートさは、やはりメジャーデビューまで果たした一流のミュージシャンだったことにも起因しているのは間違いないと思います。
そして、そのクリエイティブな感性が、音楽にも料理にも共通しているのだということもよく分かりました。砂田さんは楽曲を書く感覚で、ラーメンも作られているのだと思います。
重要なポイントを押さえるセンスに長けていることと、自分の作る物をちゃんと客観視できる冷静さを持ち得ているからこそ、独学でも本家に勝るとも劣らない美味しさのラーメンを作り上げることができるのです。
麺、スープ、チャーシュー、ワンタン、砂田さんのラーメンは、全てが洗練されていて、かつ美味しさに一体感があります。ここに砂田さんのコンポーザーとしての才能を感じます。「砂田さんのラーメンにはリズムがある」……なんて言うのはカッコつけすぎでしょうか?
ミュージシャン、サラリーマン、ホテルでの自作ラーメン提供……砂田さんが紡いできた異色すぎる「物語」。その一つ一つの経験が調味料となり、今の美味しくて深みのある白河系、いや、唯一無二の「砂田系」ラーメンが誕生したのです。そして、これからも進化を遂げていくであろう「砂田系」。その様子を追いかけるのが楽しみでなりません!
是非あなたにも「麺創庵 砂田」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べていただきたいです。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
ラーメンWalkerの最新情報を購読しよう